伝統は“守る”のではなく、明日に“つなぐ”:阿波和紙 アワガミファクトリー

伝統は“守る”のではなく、明日に“つなぐ”:阿波和紙 アワガミファクトリー

eit swimでは、商品をお届けする際の包み紙として、”阿波和紙”を使用しています。
作り手の「アワガミファクトリー」は徳島で1300年もの歴史を持つ”阿波和紙”を唯一受け継いだ最後の一軒。麻の繊維のしっかり残る和紙に、水滴を落として生まれる”穴”の表情が美しい「麻落水紙(あさらくすいし)」は、私たちにとってブランドを象徴する大切な存在です。


この和紙との出会いは、水着に写す藍染を自らの手で染めようと、徳島を訪ねた5年前にまでさかのぼります。藍染伝道師である永原レキくんの工房を訪れた際に、紹介してもらったのがきっかけでした。
ちょうど日本のものづくりや伝統文化の世界にズボズボと足を踏み入れ始めていた私たちは、アワガミファクトリーのストーリーや製品を知り感銘を受け、包み紙として使用することを決めました。

今回のインタビューで、数年越しにようやくアワガミファクトリーの社長、中島茂之さんにお話を伺うことができました。

私たちが水着と一緒にお届けしている1枚の和紙には、どんな歴史、ものづくりの技術、想いが込められているのか。そんなお話をお届けします。


── 徳島の阿波和紙は、戦後にはほとんどが姿を消したとうかがいました。その中で唯一、その伝統を受け継いできた「藤森家」が、現在の会社、富士製紙企業組合、そして「アワガミファクトリー」ブランドへと発展を遂げましたよね。その経緯を教えていただけますか
そもそも和紙って百年前までは普通に“紙”だったんですよね。“和紙”なんていう言葉がなく。みんな生活のために紙を使うから作っていて。で、時の流れで需要が減り、文化が入ることで“和紙”と呼ばれるようになりました。
昭和の初期には、この小さな町でも二百軒くらい紙を作る人たちがいました。水が豊富な吉野川流域には五百軒も。しかしそれが戦後には、たった一軒に。繋いでいくために「家族経営で少しずつ売っていく」方法と、「産地として確立させる」方法がある中で、藤森家は後者を選び、会社が立ち上がりました。

── 「アワガミファクトリー」をカタカナにしてブランド化させた意図はあるのでしょうか?
伝統的なものって、日本がある限りなくなることはないけど、世の中が変わっていく中で増えることはないんですよね。実は、薄さ・丈夫さ・長期保存性がある紙って世界で和紙くらいしかなくて、アート用に向いているため、大正時代からフランスなどには流通していたんです。でも、一度貿易会社を通して流通してしまうと、現地の画材店などではどこの誰が作ったかわからなくなってしまう。そのため、僕たちはあえて「アワガミファクトリー」というブランド名を付けることにしたんです。そこから40年以上経ち、今では60カ国ほどの取引があります。

── 日本の伝統工芸を海外に展開する、というのは私たちの夢でもあります。どのように手仕事と、企業としてのバランスをとっているんでしょうか。
僕らのポリシーというか理念というか、大事にしてることは、「明日の文化と郷土の伝統を真心で漉き世界に伝えます」なんです。
その中で一番大切なのは、“明日の文化”というところ。伝統文化、伝統工芸っていうと「守るの大変ですね」っていう言葉が初めに挙がってくることが多いんですが、守ってしまうとそもそも繋がっていかないんですよね。なので、新しい文化を見据えて、和紙を、今使えるものに変えていくことをやり続けています。

── 私たちのものづくりにおいても、アパレルではありますが、そういう気持ちでやっています。その中で、やっぱりビジネスとものづくりとのそのバランスが、すごく難しいなと思って。
このバランスもやっぱり変わってきてるとつくづく感じていまして。和紙の原料なんかも、もう機械で作る分っていうのはほぼ海外に頼らないといけないんですね。でも、周りの山を見渡して思うのは、これがどんどん荒廃した山になっていくんだろうなと。それをどういうふうに国産原料に返していけるのかというのも一つの課題かなと思っています。

──現在は地元の原料も扱っているんですか?
今、少しだけ自分たちのところで原料を作っています。その原料となる木自体は、そもそも、お百姓さんとか山師さんがそれだけやって、生きていくための値段で売れない産業になってしまっている。これは他の伝統産業も一緒で、藍染もそうです。藍の葉だけ作って暮らしている農家さんってなかなかいないですよね。自分で染料を作って自分で染めたりして、やっと生きていけているわけですね。
そこが一番の課題かなと思います。なおかつ和紙の場合、原料は、生やそうと思ったらいくらでも生やせるんですが、収穫だけで終わらないんですよ。収穫して、蒸して皮を剥いで、その皮をさらに精製してやっと完成。非常に人手がかかるんです。

──天然素材と向き合う中で大切にされていることはありますか。いつも同じものができるとは限らないけれど、製品として生産していく中でクオリティを保たなければいけないという。
毎回原料をグツグツ煮て紙の繊維にしていくわけですけど、お米と一緒で、新米と古米で煮方が違うみたいな、常にしっかり素材と向き合わないといけないんですね。
やっと紙の原料になったからといっても、紙漉きをするとなると、次に水質が大事になってくる。僕らは毎日200トンから300トンぐらい水を使うんですが、雨が降らなくても切れることはないんです。この環境には本当に感謝しています。

なので毎回同じようにはいかないですし、美しさに繋がるような綺麗ごとも言えないです。だから品質を管理するために、これまで蓄積してきた紙づくりの資料を見ながらデータ管理をしています。 現物をずっと保管しながら完成品に近づけていくことと向き合うという部分に、職人の見極めや、技術が入ってきます。

──和紙作りの魅力と醍醐味はなんだと思われますか?
素材としての和紙の用途は非常に多いです。紙を通じて作品になったり、ものづくりの製品になったり。使う方々とお話ししながら、可能性を探るのがすごく面白いですね。日常のものでなくなっていく中でも、時代によって何か用途があって、それを探すことを楽しんでいます。

── 今後の文化継承についてはどうお考えですか。
今これからはAIが台頭してきて、こういう手仕事ってまた違う価値が出てくるんじゃないかと考えています。

多分食べ物も一緒だと思うんですよね。昔は食べるために一生懸命畑を耕して、育てていたけど、それは飽和状態になり、美食やグルメの話が出てきて。今後もしかしたら、AIとテクノロジーで農家さんがいらなくなっちゃうかも、みたいな世界が来た時に、じゃあ生きる意味なんだ?的な問いが生まれるのではと。結構危機に思ってまして。

しかしそうなった時に、まさに手仕事や、サーフィンみたいなスポーツ、肉体労働も含めて体を使ってることが逆に仕事になってくるんだと思ったら、なんか時代が回っているような。
なのでそういう意味で言うと、紙の価値もまたちょっと変わるだろうなっていうふうに思っています。

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